FURUMACHI GEIGI 新潟古町芸妓 その華麗な舞姿・新潟を愛する心を受け継ぐ

芸妓

新潟古町芸妓とは

受け継がれてきた新潟古町芸妓の芸

新潟市には京都の井上流と並び日本舞踊の流派・市山流があります。 市山流は新潟市無形文化財の第1号で、地方の宗家で120年以上の歴史を刻んできた流派は全国でも唯一であり、その芸術性は高く評価されています。
この市山流の厳しい稽古で磨かれた唄や踊り、三味線などの芸と、そして美しい所作ともてなしの心で、お客様をお出迎えし、宴の席に和と華を添えます。
お座敷以外でも、コンベンションでの舞の披露や芸妓の舞体験会、県外でのイベント出演など、その活躍の場は広がっています。

お座敷唄のご紹介

お座敷で唄われている代表的な唄は、北前船の船頭衆により伝えられた「新潟おけさ」、新潟港の発展を願って作られた「港踊り」、昭和初期の新民謡創作ブームの時に作られた作詞:西條八十、作曲:中山晋平の「四季の新潟」、3代目萬代橋の竣工記念を祝って作られた作詞:北原白秋の「新潟小唄」などがよく唄われ、「新潟小唄」には"日本海の波を越えて対岸同士仲良く発展しよう"という意味の歌詞が含まれています。

地方唯一の家元、市山流

市山流は、新潟市無形文化財の第一号。日本舞踊の家元は、東京、京都、大阪、名古屋の4都市に拠点を構え、地方には唯一新潟市に市山流があるのみです。
3代目市山流が新潟に拠点を移したのは、新潟の港が天領となり、初代奉行・川村修就が着任した1843年の数年後のことでした。
当時の港町新潟は「都は京都か新潟か」と言われたほどの賑わいぶりで、花柳界は全国屈指の規模であったといわれる。
役者で舞踊に堪能だった三代目は、新潟の花柳界に多大な影響を与えました。以後、市山流は現在に至るまで新潟市を拠点として、現在も市山流7代目家元・市山七十世(なそよ)先生により、芸妓の指導や舞踊会の企画など広く活躍されています。

地方唯一の家元、市山流
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